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8月10日の「爆報!THE フライデー」は、「芸能人の骨髄移植&あの人は今大追跡SP」!

 

白血病を患い骨髄移植をした人気女優が壮絶な闘病生活を告白するそうですが、誰なんでしょうか?

 

気になったので、調べてみたのですが、どうやら、白血病を患い骨髄移植をした人気女優って、吉井怜さんのようなんですよね。

 

今回は、吉井怜さんについて調べてみました。

吉井怜さんのプロフィール

出典 http://blog.livedoor.jp/

 

吉井怜(よしい れい)さんは1982年3月18日生まれの女優。

 

東京都出身。

 

本名は山崎怜(旧姓 飛知和怜)

 

身長155㎝でスリーサイズはB83、W57、H82。

 

東京都立永福高校卒業。

 

ホリエージェンシー所属。

 

14歳の時にオーディションに応募し、グランプリは逃したものの、事務所からスカウトされ、芸能界デビュー。

 

1996年、テレビ東京系情報番組「IT’sアクセス」でTVデビュー。

 

1998年、テレビ東京系特撮番組「仮面天使ロゼッタ」のヒロイン・神あすか役でブレーク。

 

2000年、テレビ朝日系ドラマ「恋愛中毒」鈴木千花 役で出演。

 

2002年、日本テレビ系ドラマ「みのもんたの人生相談デカ おもいッきりテレビ殺人事件」に出演。

 

2004年、映画「火火」看護師 役で出演。

 

2006年、映画「刺青 SI-SEI」雨宮美妙 役で主演。

 

2006年、舞台「URASHIMA」出演。

 

2007年、映画「みづうみ」山吹鞆絵 役で主演。

 

2007年、舞台「アンチリアル」出演。

 

2009年、東海テレビドラマ「エゴイスト 〜egoist〜」藤本明里 役で主演。

 

2011年、映画「寄性獣医・鈴音 GENESIS」有薗鈴音 役で主演。

 

2013年、映画「君の愛したラストシーン」美波 役で主演。

 

2014年、映画「仮面ライダー×仮面ライダー ドライブ&鎧武 MOVIE大戦フルスロットル」沢神りんな 役で出演。

 

2016年、舞台「パラノイア★サーカス」に黒トカゲ 役で出演。

 

2016年11月11日に俳優の山崎樹範さんと入籍。

吉井怜さんと白血病

吉井怜さんに白血病の兆しがあったのは2000年4月頃で、外出先で強い日差しを浴びているうちに、思わずしゃがみこんでしまったことがあったそうです。

 

その時の吉井怜さんは、グラビア撮影などで忙しく、減量もしていたため、本人も疲れがたまっているぐらいにしか考えていませんでした。

 

また、2、3日で回復したことから、体調を崩したことさえ忘れていたそうです。

 

その後、7月に、奄美大島でグラビア撮影などの仕事があった時に、朝から悪寒があり、体温を計ると40度を超える高熱が出ていたことから撮影を中止し、吉井怜さんは地元の病院で点滴治療を受け、東京に戻り、帰宅しています。

 

翌朝、顔のむくみに異変を感じた吉井怜さんは、心配した両親とともに救急外来に向かい、即入院しています。

 

そして、精密検査で両親だけに「急性骨髄性白血病」と病名が伝えられ、吉井怜さん本人には「骨髄不全症」で3ヶ月の入院が必要と医師から告げられました。

 

抗がん剤治療が始まったのは、入院してから1週間後で、そのタイミングで、吉井怜さんは一般病棟から無菌室に移されました。

「1回目の投与で髪が抜け落ちてしまい、爪も黒くなりました。それと、体がものすごく重かったですね。はじめの頃は、高熱がずっと続いていて、解熱剤を服用していたこともあって、1日中ほとんど寝ている感じでした。ただ、お薬との相性は悪くなかったようで凄い吐き気に悩まされるようなことはなく、ご飯はちゃんと食べていました」

無菌室に入るのは抗がん剤投与によって白血球値が下がり、感染症に対する抵抗力がなくなるためだ。

そのため患者は外に出られないうえ、外部の人間と直接接触することもできなくなる。

無菌室に入室できるのは医師と看護師だけで、毎日病院に来てくれるお母さんでさえ、中に入ることは許されず、コミュニケーションはガラス越しにインターフォンを通じてとる。

このような完全隔離生活は、精神的にもかなりつらいものになった。

「精神的には『閉じ込められている感』というか、みんなと遮断されている感じがつらかったです。それでも高熱が続いていたはじめのうちは解熱剤の副作用で意識が朦朧としていたから、つらいと考える余裕もなかったんですが、その段階が終わり、体調が少し安定すると狭い部屋に閉じ込められていることが耐えがたくなってきました。それと、テレビを見ていて、自分がやるはずだった仕事をほかの子がやっているのを見るのもつらかったですね。私の代わりに出ている子にどうのこうのという気持ちではなく、そこに自分がいられなかったことが悔しかったんです。こうしたことが重なって、無菌室の中では、感情をコントロールできなくなって、いつも苛立っていました」

苛立ちや不安はどこかに吐き出さないと、精神は壊れてしまう。

彼女の場合、そのはけ口になってくれたのは、お母さんだった。

「イライラした感情を、母にぶつけていました。申し訳ないくらい、あたってしまった。先生やナースの前では、比較的いい子で、(病気のことも)冷静に質問して冷静に聞く……という感じだったんですが、その分、ストレスが全部母のほうに向かっていたんだと思います」

出典 がんサポート

 

医師から、急性骨髄性白血病という本当の病名を、吉井怜さん本人が告げられたのは、抗がん剤治療が山を越えた入院1か月後のことだったようです。

 

医師は、吉井怜さんの精神状態を見て、吉井怜さん本人に本当の病名を話すタイミングを見計らっていたようです。

 

吉井怜さんが退院したのは2000年12月でしたが、医師から退院後の治療法として、寛解維持療法と骨髄移植の2つの選択肢があることを告げられます。

 

寛解維持療法は定期入院を繰り返しながら抗がん剤治療を行う方法で、骨髄移植は同じ白血球型の人から移植を受ける方法ですが、吉井怜さんは寛解維持療法を選択しています。

「骨髄移植を選択すれば、もう1度無菌室に閉じ込められて長期間つらい入院生活を送ることになる。そうなれば、もう芸能界に戻れないと思ったのと、移植そのものに対する恐怖心もありました。髪もせっかくショートになってきたのに移植を受ければ抗がん剤の副作用でまた髪が抜け落ちるし、移植に伴う合併症で外見が変わってしまうかもしれないことが怖かったんです」

出典 がんサポート

だが実際に始めると1~2週間の入院後、体力が戻るまで自宅での安静が必要で、その間は仕事はできなかった。

主治医や家族は繰り返し移植手術を勧めた。複数の医師の意見も聞き、心が揺れた。術前の放射線の大量照射により肌が変色する可能性、不妊となる後遺症が気がかりだったからだ。

悩み続けたが、最終的に移植に向き合う決心がついた。

出典 ヨミドクター

 

幸い、吉井怜さんと母親のHLAが完全に一致することから、吉井怜さんは2001年7月11日に母親からの骨髄提供により骨髄移植手術を受けています。

術後2週間は、抗がん剤や放射線治療の影響で、激しい吐き気や皮膚の炎症などに苦しんだ。9月に退院したものの、免疫力が低下していて、食事制限も厳しくされた。体調が回復するとともに生活は徐々に落ち着いていった。

出典 ヨミドクター

 

その後、回復された吉井怜さんは、2002年のグラビア撮影から仕事に復帰し、順調に仕事をこなされています。

吉井怜さんは子供を産めない?

吉井怜さんは現在36歳で、2016年11月11日に俳優の山崎樹範さんと入籍されています。

 

でも、吉井怜さんと山崎樹範さんの間に妊娠の情報はありません。

 

白血病になると、子供を産めなくなってしまうのでしょうか?

 

ちょっと、気になったので調べてみました。

移植前に行う大量の抗がん剤や放射線照射によって性腺(男性の精巣、女性の卵巣)がダメージを受け、移植後にはほとんどの患者さんが精子や卵子を作れない状態になります。これは、こどもをつくるができない、「不妊」状態につながり、また、女性の場合は女性ホルモンがでなくなるために、月経がこなくなり、更年期障害のような症状が出ることもあります。
ただし、性腺の障害の程度は移植前処置の方法によって大きく異なります。再生不良性貧血に対するシクロホスファミド(商品名エンドキサン)単独の前処置や悪性リンパ腫に対する自家移植の前処置の後には女性の卵巣機能が回復することは珍しくありません。一方、ブスルファン(商品名ブルルフェクス)という抗がん剤を大量に使うと性腺機能はほとんどの場合に回復しません。シクロホスファミドと全身放射線照射の併用の移植前処置の場合は稀に性腺機能の回復がみられます。いずれの場合にも、移植時の年齢が若いほど、性腺機能が回復する確率は高くなります。

出典 自治医科大学附属さいたま医療センター

 

これを見ると、吉井怜さんは子供を産めないわけではないようですね。

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最後に

「爆報!THE フライデー」で白血病を患い骨髄移植をした人気女優として出演される?吉井怜さん!

 

今後の活躍を期待しています。

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