Sponsored Links

楽天の梨田昌孝監督が、成績不振の責任をとって辞任したそうです。

 

現在、楽天の成績は63試合を消化して、21勝41敗1分で借金20という成績。

 

5位ロッテにも9.5ゲーム差をつけられている状態では、梨田昌孝監督も酷いと判断したようです。

 

ただ、6月半ばの監督辞任というのは、結構きついですよね。

 

とりあえず、6月17日からは、一軍ヘッドコーチ兼打撃コーチの平石洋介さんが監督代行を務めるようですが、平石洋介さんが監督になるのでしょうか?

 

それとも、外部から招へいするのでしょうか?

 

今回は、成績不振の責任をとって辞任した梨田昌孝氏に注目しました。

梨田昌孝氏のプロフィール

出典 http://yakyutaro.jp

 

梨田昌孝氏は、1953年8月4日生まれの元野球選手、元野球監督。

 

島根県浜田市出身。

 

本名は梨田昌崇。

 

浜田市立第一中学校から野球を始め、浜田高校3年生の時に春・夏に甲子園出場。

 

強肩や打撃を評価され、1971年ドラフト2位で近鉄バファローズに入団。

 

守備と肩が良かったことから、入団2年目から1軍の試合に出場し始めましたが、打撃が弱いというウィークポイントがありました。

 

そこで、梨田昌孝氏は、試行錯誤の末、前屈みになって両腕をクネクネと動かす独特のこんにゃく打法を編み出し、結果が少しずつ改善されていったようです。

出典 https://twitter.com/

 

現役時代は実働17年間で、1323試合に出場し、3444打数874安打、113本塁打、生涯打率.254の成績を残し、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞4回、オールスターに7回出場しています。

 

現役引退後は、1989年から1992年までNHKの野球評論家に就任。

 

1993年から作戦バッテリーコーチとして近鉄に復帰し、1996年から1999年まで大阪近鉄の二軍監督を務め、2000年からは大阪近鉄の監督に就任。

 

監督就任2年目の2001年には、大阪近鉄をリーグ制覇に導いています。

 

しかし、2004年のシーズン中に大阪近鉄がオリックスと合併し消滅することが決定したことから、球団解散前の10月に球団を退団しています。

 

球団退団後の2005年からはNHKの野球評論家に復帰し、2007年までNHKの野球評論家と大阪日刊スポーツの野球評論家として活動。

 

2008年からは、北海道日本ハムファイターズの監督として4年ぶりに現場に復帰し、就任2年目の2009年に北海道日本ハムをリーグ優勝に導いています。

 

その後、2011年に北海道日本ハムファイターズを退団し、2012年から2015年までNHKの野球評論家と大阪日刊スポーツの野球評論家として活動。

 

2016年からは東北楽天ゴールデンイーグルスの監督として現場復帰していましたが、2018年6月16日付で東北楽天を退団しています。

梨田昌孝氏の息子と孫は?

梨田昌孝氏には息子さんと娘さんがいるそうです。

 

息子さんは和利さんという方で、浜田高校から関西学院大学を卒業されて、某有名企業に就職されているようです。

 

梨田和利さんは、大学1年の時に左ひざを故障し選手からマネージャーに変わられた方で、日本ハムの宮西投手と同期だったようです。

 

また、2016年2月26日には、梨田和利さんの長女が米オハイオ州シンシナティで誕生しています。

 

名前は真央ちゃんというそうで、梨田昌孝氏にとっては初孫だったようです。

Sponsored Links

最後に

チームの成績が悪くて、監督が責任をとって退団することは珍しいことではありませんが、6月半ばというのは早すぎる感じがします。

 

でも、結構プレッシャーがあったと思います。

 

監督というのはストレスが溜まるといいますからね。

 

梨田昌孝さん、お疲れ様でした!

Sponsored Links