2月19日の「徹子の部屋」のゲストは、作家のなかにし礼さん!

 

なかにし礼さんといえば、黒沢年男さんが歌った「時には娼婦のように」が思い出されます。

 

妙に生々しい歌詞でしたが、売上も結構ありました。

 

今回は、「徹子の部屋」のゲストのなかにし礼さんに注目しました。

なかにし礼さんのプロフィール

出典 https://www.sankei.com/

 

なかにし礼さんは、1938年9月2日生まれの作家、作詞家。

 

満州国の牡丹江市出身。

 

立教大学文学部仏文科卒業。

 

なかにし礼さんの両親は、小樽から満州に渡り、醸造業で成功を収め、ガラス工場やホテルも経営していたそうですが、旧ソビエト連邦が日本に宣戦布告し、満州に攻め入ったため、なかにし礼さんは家族とともに、牡丹江市を脱出し、ハルピンへ向かいました。

 

なかにし礼さんは何度も命の危険にさらされながらも、ハルピンに着き、そこで終戦を迎えましたが、その4か月後には父親が47歳の若さで亡くなっています。

 

なかにし礼さんは、その後、ハルピンからの引き揚げ船で広島の大竹港に行き、そこから汽車で父親の実家の小樽に戻り、小樽の小学校に入学。

 

その後、兄の事業の失敗により、東京と青森の小学校の転校を繰り返し、品川区立荏原第三中学校、東京都立九段高校を経て、1958年に立教大学文学部英文学科に入学しています。

 

しかし、せっかく入った立教大学文学部英文学科でしたが、なかにし礼さんは休学、復学、そして退学し、その間、お茶の水のシャンソン喫茶「ジロー」でアルバイトやフランス語を学び、シャンソンの訳詞を始めています。

 

1961年、なかにし礼さんは立教大学文学部英文学科に再入学し、1963年に立教大学文学部仏文科に転科し、最初の結婚をしています。

 

1964年に作詞した「知りたくないの」がヒットしたことから、1965年には立教大学文学部仏文科を卒業したあとに、作詞家としてデビュー!

 

1968年3月に離婚。

 

1968年12月に「天使の誘惑」で日本レコード大賞受賞。

 

1970年12月に「今日でお別れ」で日本レコード大賞受賞。

 

1982年12月に「北酒場」で日本レコード大賞受賞。

 

2000年1月、「長崎ぶらぶら節」で第122回直木賞を受賞。

 

2002年に出版した「てるてる坊主の照子さん」が、2003年に放送されたNHK連続テレビ小説「てるてる家族」の原作に!

 

2009年からは、テレビ朝日「ワイドスクランブル」のコメンテーターとして出演!

 

2012年3月5日、「ワイドスクランブル」の放送中に食道がんのため、治療に専念し、番組を休むことを報告。

作家で作詞家のなかにし礼氏(73)が5日、コメンテーターを務めるテレビ朝日系生情報番組「ワイド!スクランブル」で、食道がんであることを告白した。すべての仕事をキャンセルし、闘病生活に入ることも明かした。同番組もしばらく休む。

番組終了間際に私事と断って約3分間話した。「先日、調子が悪かったので、胃カメラをのんだら、食道にがんがあると言われました。初期というわけでなく、もうちょっと進んでいます」。

関係者によると、なかにし氏は先月17日に「胃のあたりが重い感じがする。いままでにない感じだ」と話したという。同24日に検査し食道がんと分かった。

なかにし氏は54歳だった92年に心筋梗塞で倒れた。心臓の5分の2が壊死(えし)した状態。以後、体調には十分、気遣ってきた。食道がんの治療に関して、関係者は「心臓への負担など、まずはいろいろ検査し、最良の(治療の)方法を考えていく予定です」と話した。

出典 日刊スポーツ

 

2015年3月、食道がんが再発。

作家で作詞家のなかにし礼さん(76)が6日、パーソナリティーを務める文化放送のラジオ番組「明日への風」の中で、自身のがんが再発して手術し、闘病生活のためしばらく休養することを明らかにした。
 なかにしさんは2012年3月、食道がんを公表。放射線治療などを行い、約7か月後に復帰していた。
 2月20日に収録した番組の放送後に、「がんが再発しまして手術をいたしました。一日も早く復帰していきたい。私の健闘を見守ってください」などとする、なかにしさんからの録音メッセージが流された。

出典 YOMIURI ONLINE

 

その後、抗がん剤治療を行った結果、再発したがんが消えたことで、テレビ出演などの活動を再開しています。

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なかにし礼さんの妻は石田ゆり?

なかにし礼さんは、1968年3月に、最初の妻と離婚した後、1971年10月16日に、石田ゆりさんと結婚しています。

 

石田ゆりさんという名前を聞くと、女優の石田えりさんを思い浮かべてしまいますが、別人です。

 

また、名前が似ている方には、石田ゆり子さんがいますね。

 

石田ゆりさんは、女優のいしだあゆみさんの実の妹です。

 

大阪府池田市で生まれた石田ゆりさんは、1968年に宝塚音楽学校に入学し、1970年に卒業して、芸名まで決まっていたにもかかわらず、宝塚歌劇団への入団を辞め、芸能界に入り、「悲しみのアリア」でシングルデビュー!

出典 コメントは受け付けていないラフャール魔風のマニアックブログ

 

シングル4枚とアルバム2枚をリリースした後に、作詞を担当したなかにし礼さんと結婚しています。

最後に

なかにし礼さんは、「徹子の部屋」では、美空ひばりさんや食道がんの話をされるようですね。

 

放送を楽しみに待ちたいと思います。

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