カープ一筋17年の永川勝浩投手が現役引退を表明したそうです。

 

永川勝浩投手は2003年に広島に入団してから、球団史上最多の165セーブをマークしている功労者ですね。

 

球団では引退セレモニーを行うそうですよ!

永川勝浩投手のプロフィール

永川勝浩(ながかわ かつひろ)投手は1980年12月14日生まれの38歳。

 

広島県三次市出身。

 

身長188cm、体重98kg、右投げ右打ち。

 

背番号は20番。

 

永川勝浩投手は小学校3年で野球を始め、三次市立三次中学校時代はバスケットボール部でプレー。

 

新庄高校入学後に野球に再転向しましたが、甲子園出場は果たせませんでした。

 

高校卒業後は亜細亜大学に進み、150キロを超えるストレートに切れ味鋭いフォークボールを持つ右腕として注目を集めます。

 

2002年ドラフト会議で、広島初の自由獲得枠選手として入団!

 

クローザーに抜擢された入団1年目は、40試合に登板し、41 .2回で3勝3敗、25セーブ、防御率3.89をマーク!

 

入団2年目の2004年は故障もあり、成績が下降しましたが、入団3年目となる2005年はセットアッパーとして活躍し、57試合で3勝5敗、14ホールド、防御率3.13の好成績を残しています。

 

2006年には、守護神ベイルが故障により離脱したことで、クローザーに再び返り咲き、65試合に登板して、岩瀬仁紀投手に次ぐ 27セーブを記録しています。

 

2007年に31セーブ、2008年に38セーブ、2009年に36セーブをマークし、守護神として活躍していましたが、2010年は右内転筋を痛めたことで1軍から離脱し、不本意なシーズンとなります。

 

その後も調子が上がらず、不本意なシーズンを過ごしていた永川勝浩投手でしたが、2013年後半からセットアッパーを任せられるようになり、2013年は29試合に登板し、3勝1敗13ホールド、防御率2.04の好成績を残しています。

 

2014年には52試合に登板し、3勝4敗1セーブ、15ホールドを記録しますが、被本塁打や四死球が増え、防御率も4.04に悪化しています。

 

その後は、徐々に登板数を減らし、2017年は左膝痛の影響で1軍の登板はありませんでした。

 

2017年10月に膝のクリーニング手術を受け、翌2018年には22試合に登板しましたが、2019年は1軍登板がありませんでした。

 

永川勝浩投手は、プロ野球通算526試合に登板し、581 .2回で38勝42敗165セーブ79ホールド、605奪三振、防御率3.47の成績を残しています。

 

永川勝浩投手の動画はコチラ

永川勝浩投手の年俸は?

クローザーとして活躍していた永川勝浩投手投手ですが、年俸の最高額は推定1億6000万円だったようですね。

2003年 1500万円
2004年 3300万円
2005年 2600万円
2006年 4200万円
2007年 8000万円
2008年 8000万円
2009年 1億6000万円
2010年 1億6000万円
2011年 1億2000万円
2012年 8000万円
2013年 4000万円
2014年 6000万円
2015年 1500万円
2016年 5000万円
2017年 3700万円
2018年 2000万円
2019年 2000万円

※金額は推定

永川勝浩投手の弟は?

永川勝浩投手の弟は、2009年に広島から育成ドラフト1位で指名された永川光浩投手。

 

永川光浩投手は広島県立三次高校から龍谷大学を経て、広島に入団しましたが、2014年10月に支配下登録されることなく戦力外通告を受けています。

 

その後、永川光浩さんは広島県の物流業社に就職したようですね。

最後に

永川勝浩投手といえば、やはり代名詞はフォークボールですよね。

 

投球回数を上回る三振奪取は、フォークボールの威力のすさまじさを示しています。

 

永川勝浩投手には、お疲れ様でしたといいたいですね。