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8月28日の「徹子の部屋」のゲストは歌手の森山良子さん♪

 

「徹子の部屋」では、5月に結婚した息子の森山直太朗さんの結婚報告などを話されるようですね。

 

今回は「徹子の部屋」のゲストの森山良子さんに注目しました。

森山良子さんのプロフィール

出典 https://www.barks.jp/

 

森山良子(もりやま りょうこ)さんは1948年1月18日生まれの歌手、タレント。

 

東京都出身。

 

成城学園高校卒業。

 

本名は相良良子。

 

息子は歌手の森山直太朗さん、娘も歌手の森山奈歩さん。

 

娘の夫が芸人の小木博明さん、そして、 かまやつひろしさんは従兄(母の甥)になるそうです。

 

日系2世のジャズ・トランペッターの森山久さんとジャズシンガーの浅田陽子さんの子供として生まれた森山良子さんは、ラジオから在日米軍用の放送局FEN(現AFN)から流れる洋楽で満ちた家庭で育ちました。

 

その影響から、森山良子さんは自然と音楽の道に進みたいと考えるようになったそうです。

 

森山良子さんはジャズシンガーを目指していましたが、成城学園高校の先輩である黒澤久雄さん(映画監督の黒澤明さんの息子)からフォークシンガーのジョーン・バエズのアルバムを手渡されたことをきっかけに、フォークソングを歌うようになりました。

間もなく、そのジョーン・バエズが来日した。森山はバエズの楽屋を訪ねる機会に恵まれた。コンサート開始前ということもあり、最初はただバエズに面会し挨拶をするというだけの話だった。

 

しかしバエズは、森山と会話をする中で、森山がバエズの歌を歌えることを知った。そして森山に「その場で歌ってみせて」と頼んだ。

 

バエズの要望に応え、森山は歌った。バエズは森山の声に魅力を見いだしたのだろう。迷うことなく、その後に控えていたバエズのステージに森山を上げた。

 

「びっくりしましたよ。大勢のお客さんの前に、そのまま立たされたんですから(笑)」

出典 https://business.nikkeibp.co.jp/

 

その後、森山良子さんは、自身が出演していたラジオ番組で、30分で作った「この広い野原いっぱい」を披露したところ、大きな反響を呼び、デビューにつながったそうです。

森山は、銀座の画廊を訪れた時に、スケッチブックに書かれていた一編の詩を見つけた。その詩に思いつくまま、フォークソング調の曲を付けた。その時間はわずか30分。

 

出来上がった曲をラジオ番組で披露したところ、大きな反響が起きた。この曲が、先にも述べた森山のデビュー曲「この広い野原いっぱい」である。

出典 https://business.nikkeibp.co.jp/

 

1967年に「 この広い野原いっぱい 」でデビューし、1969年に発売した 「 禁じられた恋 」がミリオンセラーに!

 

出産のため活動休止後、1972年に「遠い遠いあの野原」で復帰。

 

1985年にはTBS系ドラマ「金曜日の妻たちへIII 恋におちて」に女優として出演。

 

1998年には長野冬季オリンピック開会式式典で、テーマソング「 明日こそ、子供たちが… 」を子供達と一緒に歌い、世界中に放映されました。

 

2002年、シングル「さとうきび畑」がヒットし、日本レコード大賞で最優秀歌唱賞、金賞を受賞。

 

2006年、日本レコード大賞で「 涙そうそう 」が特別賞を受賞。

 

2007年、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

 

2009年、「紫綬褒章」受章。

森山良子さんの夫は?

森山良子さんは、2度結婚し、2度離婚しているそうです。

 

最初の夫の方とは、1969年4月に浜松で開かれた森山良子さんのショーで知り合ったそうです。

 

その方は上智大理工学部に在学されている方でしたが、1970年4月には婚約し、1971年1月にはハワイで挙式したそうですが、二人の間で問題があり、森山良子さんの妊娠が分った5月に婚姻届けを提出しています。

 

しかし、森山良子さんは6月には東京の代々木の両親の元に帰ってしまい、森山奈歩さんを12月に産んでいます。

「いつまでも大人になりきれない夫に愛想を尽かしたんです。Aはあまりにもワガママで独占欲が強かった」(女性誌記者)

 

Aは、実家が地元・浜松で鉄工所を営む、いわゆる跡取り息子。社長を務める父親は自らは軽自動車に乗りながら、息子にはスカイライン2000GT、トヨタ2000GT、フェアレディZなどスポーツカーを次々に買い与えていた。典型的なボンボンだったのだ。

 

「離婚を求められてもAは頑として応じようとしない。一方、森山の意志も固く、一人娘に会いたいというAの要求を拒み続けた。娘を奪われるのではないかという恐怖に森山は取りつかれていたんです」(同)

 

間に人が立ち、ようやく話し合いの場が持たれたのは74年7月末。森山は「娘に会いたい」というAの要望を聞き入れて8月末、奈歩と一緒に浜松を訪れた。初めて長女を抱き、Aのかたくなな気持ちもほぐれ、その後は離婚に向けた話し合いにも応じるようになった。

出典 日刊ゲンダイ

 

2番目の夫は音楽ディレクター兼歌手のジェームス滝さん(本名は相良直嗣さん)で、離婚から半年後に結婚されています。

出典 https://xn--u9jy52gr2p5pl0ur6lcz20behl.com/

 

ジェームス滝さんは、森山良子さんのマネジャーを務めていた時期もあり、森山良子さんは再婚した翌年に森山直太朗さんを産んでいます。

 

しかし、ジェームス滝さんともその後離婚しています。

森山良子さんの兄は?

森山良子さんには森山晋さんというお兄さんがいました。

 

しかし、森山良子さんのお兄さんは23歳で心不全で亡くなっているそうです。

 

そして、そのお兄さんのことを想って、作った曲が森山良子さんの代表曲の「涙そうそう」です。

番組で、司会の古舘伊知郎が「1つ上のお兄様が、23のときに亡くなった。そして(その後)『涙そうそう』という名曲を生むにいたった。宿命を感じるんですよね」と、早逝した兄についての話題を促す。

 

森山は「そうですね。兄が亡くなったことは私の人生にとっては本当に大きなことで。あれ以上のことはなかったと思います。毎日のように彼を想い、なぜあのとき私の兄が突然亡くなったんだろうと。そのときはただ悲しむだけだったんですけど、『(後に)もしかしたら何か意味があるんじゃないかな』と思うようになりました」と応じた。

 

名曲が誕生したきっかけを森山はこう明かす。

 

「BEGINがメロディーを書いてくれて『涙そうそう』っていうタイトルがついていたんです。『どういう意味?』って言ったら『涙がポロポロあふれてくる様子』って聞いて、そのままボロボロ涙が流れてきて。兄への想いと重なってそのままの気持ち(で作詞した)。

 

亡くなったすぐ後だったら、感情の方が先に出て整理のつかないような詩になっていたと思う。20年ちょっと経っていた時期でしたので、自分の中で感傷的にならない言葉を選ぶ時間もあったのだと」

出典 https://ent.smt.docomo.ne.jp/(2月20日放送の『トーキングフルーツ』(フジテレビ系)にて)

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最後に

森山良子さんの「涙そうそう」は好きな曲の1つです。

 

森山良子さんの詩、BEGINのメロディーが心にしみます。

 

森山良子さんには、これからも良い曲を作ってほしいですね。

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