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1960年代に活動したロックバンド「ジャックス」の元ギタリストで、横浜銀蝿やWinkなどのプロデューサーとしても知られる水橋春夫さんが、8月5日早朝に心不全で亡くなられたそうです。

 

最近のプロデューサーは、結構オモテに出てくる方が多いですが、水橋春夫さんは裏方に徹していたのでしょうね。

 

正直、あまり知らない方です。

 

今回は、横浜銀蝿やWinkなどのプロデューサーを務められていた水橋春夫さんについて調べてみました。

水橋春夫さんのプロフィール

出典 http://www.strange-ds.com/

 

水橋春夫さんは1949年2月2日生まれの享年69歳。

 

東京都出身。

 

和光大学に在学していた1967年に、ジャックスにリード・ギタリストとして参加しています。

 

ジャックスは1965年に和光高校の同級生である早川義夫さん、高橋末広さん、松原絵里さんが結成した「ナイチンゲイル」が前身で、1966年にジャックスにバンド名を変更しています。

 

1968年3月に、シングル「からっぽの世界」でレコードデビューし、1968年9月にファーストアルバム「ジャックスの世界」を発表しますが、水橋春夫さんはファーストアルバム発表した直後にジャックスを脱退しています。

 

水橋春夫さんは、ジャックスの代表曲「時計をとめて」の作詞・作曲を担当しているそうです。

 

ジャックス脱退後は、レコード会社のディレクターとなり、横浜銀蝿やWinkなどを担当し、裏方として活躍されていたそうです。

2015年に同じくジャックスに所属していたベーシスト、谷野ひとしと共に水橋春夫グループを結成し、48年ぶりにロックシーンの表舞台にカムバック。アルバム「考える人」を発表し「FUJI ROCK FESTIVAL ’15」に出演した。今年7月27日には2枚目のアルバム「笑える才能」をリリースしている。

出典 ナタリー

 

また、有限会社エフ・エス・エイ・アンド・アールの代表取締役を務められていたそうですね。

最後に

「売れるものって、やっぱりどっか変なものじゃなきゃダメだと思う」というのが水橋春夫さんの持論だったようです。

 

確かに、ジャックスも変わっているし、横浜銀蝿やWinkも変わっていますよね。

 

でも、それで横浜銀蝿やWinkも売れているのだから、才能のある方だったのでしょうね。

 

水橋春夫さんにはつつしんで哀悼の意を表したいと思います。

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