館山昌平投手と畠山和洋選手が今シーズン限りで現役引退し、大引啓次選手に退団報道が出ているヤクルトですが、ムードメーカーの三輪正義選手にも引退報道が出ましたね。

 

今シーズンのヤクルトは成績がふるわず、最下位に沈んでいますが、村上宗隆選手など若手が台頭してきており、世代交代が進んでいます。

 

三輪正義選手はいじられキャラで、ヤクルトに欠かせない存在ですが、若手の台頭や年齢的な衰えもあり、今シーズンは1軍出場がありませんでした。

 

今回は、引退報道が出たヤクルトの三輪正義選手に注目しました。

三輪正義選手のプロフィール

三輪正義(みわ まさよし)選手は、1984年1月23日生まれの35歳。

 

山口県下関市出身。

 

身長168cm、体重70kg、右投げ左打ち。

 

三輪正義選手は下関中央工業高校を経て、山口産業の軟式野球部に入社。

 

山口産業ではガソリンスタンドに勤務していたそうですが、ガソリンスタンドで働くことで人見知りな性格がなくなり、人あたりがよくなったそうです。

 

当時は、午前7時半から午後5時までガソリンスタンドで働いた後に、野球の練習をしていたので、大変だったようですね。

 

その後、三輪正義選手は2005年に四国アイランドリーグの入団テストを受け、香川オリーブガイナーズに入団!

 

2007年には、四国アイランドリーグ新記録となる40盗塁をマークし、同年のドラフト会議でヤクルトから6位で指名され入団しています。

プロ入り後

入団1年目の2008年は、ファームでセカンドとショートで80試合に出場し、24盗塁、打率.283をマークしましたが、エラーが多かったようですね。

 

入団2年目の2009年7月10日の横浜戦で、代走として1軍に初出場しましたが、2009年は1軍出場が3試合のみに終わっています。

 

三輪正義選手は、代走と守備固め要員として2011年から出場試合数を伸ばし、2011年は54試合、2012年は65試合、2013年は75試合に出場!

 

2013年4月25日にはサヨナラヒットも記録しています。

 

2015年には自己最多となる87試合に出場し、2016年にはサヨナラヒットをマーク!

 

しかし、2017年から徐々に出場試合数を減らし、2017年は16試合、2018年は25試合にとどまり、2019年は1軍の出場試合数はありませんでした。

 

三輪正義選手は、プロ野球通算418試合に出場し、263打数62安打、0本塁打、16打点、23盗塁、打率.236の成績を残しています。

三輪正義選手の年俸は?

ユーテリティ―プレイヤーとして活躍していた三輪正義選手ですが、年俸はどのくらいあったのでしょうか?

 

気になったので調べてみました。

2008年 500万円
2009年 530万円
2010年 580万円
2011年 600万円
2012年 900万円
2013年 1350万円
2014年 1750万円
2015年 1600万円
2016年 2000万円
2017年 1830万円
2018年 1500万円
2019年 1350万円

※ 金額は推定

 

三輪正義選手の最高年俸は、2016年の2000万円ですね。

 

この年俸を高いとみるか、低いと見るかは人それぞれでしょうね。

三輪正義選手はいじられ役

ベテラン選手の三輪正義選手ですが、ヤクルトでは「いじられ役」だったそうですね。

 

2016年にサヨナラヒットを打った時も、スルーされているようですよ!

土壇場の九回に追いつかれた嫌な空気を一変させた。4-4で迎えた十一回だ。一死満塁で、三輪が殊勲の中前打。周りに歓喜の輪ができ…ない。ホームベース付近で喜ぶナインに「俺!!」とアピールした。

「坂口だけは来てくれたけど、『空気が違う』って帰っていった。打ったのは俺なんですけど」

チーム一の愛されキャラも、強烈な“イジり”に苦笑い。5月8日に第1子となる長女が誕生し「家に帰るのが楽しい」と笑う新米パパは、代走や守備固めでの起用が多い。「主役になったとは思わない。ずっと出ている選手がいて、たまたま打席が回ってきただけ」と謙遜した。

三輪がクラブハウスに戻ると、入り口付近で待っていた衣笠社長ら球団幹部が「どうせ無視されたんだろう」とペットボトルの水をかけて祝福。ずぶぬれになったヒーローは「社長が水をかけるのは初めて? そういう意味ではうれしい」と喜んだ。真中監督も「よく打った。大したもんだ」とたたえた。

出典 サンスポ

最後に

内野だけでなく外野も守れるユーテリティ―プレイヤーに加え、代走のスペシャリストとして活躍していた三輪正義選手は、そのキャラも含め、数字以上にヤクルトに貢献していた選手!

 

今回の引退報道は残念です。

 

今後は指導者への道を希望しているそうなので、頑張ってほしいですね。