2月24日の「消えた天才」で、明徳義塾高校で「史上最高の逸材」と呼ばれた天才が出演するそうです。

 

甲子園で「二刀流」として活躍した明徳義塾高校出身の選手ということなので、間違いなく岸潤一郎選手のことでしょうね。

 

今回は、「消えた天才」に出演する岸潤一郎選手に注目しました。

岸潤一郎選手のプロフィール

出典  http://adventure-mensclub.com/

 

岸潤一郎(きし じゅんいちろう)選手は、1996年12月8日生まれの22歳。

 

兵庫県尼崎市出身。

 

身長174cm、体重78kg、右投げ右打ち。

 

岸潤一郎選手は、尼崎市立難波小学校2年生の時に成徳イーグルスで野球を始め、小学校6年生の時にオリックスジュニアに選出!

 

尼崎中央中学校時代は西淀ボーイズでプレーし、中学3年生の時にNOMOジャパンに選出されています。

 

NOMOジャパンの同期には、2018年ドラフト会議でロッテに2位指名された東妻勇輔投手がいますね。

 

岸潤一郎選手は、中学校卒業後は明徳義塾高校に進学し、1年春からベンチ入り。

 

岸潤一郎選手は甲子園に1年夏、2年夏、3年春、3年夏の4回出場し、打者としては39打数11安打、1本塁打、5打点、打率.282をマークし、投手としても6勝を挙げる活躍!

 

岸潤一郎選手は、高校通算24本塁打、遠投110m、50m走6秒2の3拍子揃った野手に加え、最速145キロの速球にカットボール、チェンジアップ、縦スラを投げる本格派投手の二刀流選手として、スカウトからも注目されましたが、馬淵史郎監督から「大卒1位でプロに行けるように」といわれたこともあって、拓殖大学に進学しています。

岸 潤一郎(以下、岸): 甲子園も4回出させてもらいましたし、最後は長崎国体優勝。投手としての考え方、判断も学べました。これ以上ない、いい経験をさせてもらったと共います。そして馬淵 史郎監督からは「大卒1位でプロに行けるように」とも言われたので、そこを目標に拓殖大に進学しました。

出典 高校野球ドットコム

 

拓殖大学では、1年春のシーズンから3番DHでレギュラーを獲得し、1年春は打率.156ながら、全試合にスタメンで起用され、投手としても3試合にリリーフで登板しています。

 

しかし、その後は肩肘に痛みで試合に出場することができず、2年夏にトミージョン手術を受けますが、術後の経過が思わしくなく、3年秋に野球部を退部しています。

岸: 入学後、右肩の状態がよくなかったので、最初は指名打者。その後は肩とひじが交互に痛くなる繰り返しでした。ただ、ひじの状態が少しよくなったので、2年生の時、6月に紅白戦で1イニング投げたんです。 ところが、投げて2人目の最後に痛くなり、3人目で「これはアカン」と。じん帯は切れていなかったんですが、使い過ぎで伸びていて8月に手術。それでも自分自身としては「休養して頭の中を整理する時間」と考えて、マイナスには捉えていなかったです。「3年秋に戻れれば」と考えていました。

 

――ところが、ですよね?

 

岸: リハビリがうまくいかず。心の部分もうまくいかず。「自分が大人じゃなかった」と今は思います。

出典 高校野球ドットコム

 

その後、岸潤一郎選手は独立リーグの徳島インディゴソックスから誘いを受け、徳島インディゴソックスからドラフト4位で指名を受け、入団。

高校時代は独立リーグの存在も知らなかったし、徳島は高校時代に四国大会で唯一言っていない県にもかかわらず、徳島インディゴソックスの南(啓介)社長は僕がケガをしていることを知っていて「インディゴコンディショニングハウスでのリハビリからでもいい」という話がありました。また、両親に対しても「手術をさせてもらったのに野球を辞めるのは……」という想いもあった。それと僕は尼崎に戻った時、「甲子園サイエンスラボ」で子どもたちに野球を教えるアルバイトをしていたんです。

 

――「子どもが好き」は明徳義塾高時代にも、よく話をしていましたね?

岸: そこで子どもたちと戯れているうちに、「野球が楽しい。ノックを受けるだけで楽しい」という原点を思い出したんです。 だから、今は先輩も後輩もいる中での野球がすごく楽しいんです。仕上がりはまだまだですけど、楽しみつつレベルアップしていきたいです。

出典 高校野球ドットコム

 

2018年は64試合に出場して、218打数60安打、本塁打3、打点18、三振34、四死球26、盗塁38、打率.275の成績を残し、最多盗塁のタイトルを獲得!

 

しかし、2018年10月に四国リーグ選抜として出場したフェニックスリーグで、左手首を骨折し、戦線離脱となっています。

最後に

明徳義塾高校で「史上最高の逸材」といわれた岸潤一郎選手ですが、栄光と挫折を経て、現在も徳島インディゴソックスで野球を続けています。

 

四国リーグ選抜として出場したフェニックスリーグで、左手首を骨折し、戦線離脱となってしまったのは残念ですが、今後の岸潤一郎選手に期待したいと思います。