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12月2日に放送される「消えた天才 ★大谷翔平に勝った天才たち大追跡!衝撃の転身SP★」で、伊藤拓郎さんが取り上げられるそうです。

 

伊藤拓郎さんは、帝京高校1年の夏の甲子園大会で、大谷翔平投手の球速を1キロ上回る148キロをマーク!

 

高校1年生で最速148キロというのは、今でも破られていない記録だそうです。

 

今回は、「消えた天才 ★大谷翔平に勝った天才たち大追跡!衝撃の転身SP★」で取り上げられる伊藤拓郎さんに注目しました。

伊藤拓郎さんのプロフィール

出典 https://matome.naver.jp

 

伊藤拓郎(いとう たくろう)さんは、1993年4月2日生まれの25歳。

 

徳島県阿南市で生まれで、東京都練馬区出身。

 

身長185cm、体重87kg、右投げ右打ち。

 

伊藤拓郎さんは、小学校2年から野球を始め、練馬区立大泉西中学校時代は東練馬リトルシニアでプレー。

 

中学校3年生の時にはAAアジアチャレンジマッチ日本代表にも選出されてます。

 

中学校卒業後、伊藤拓郎さんは帝京高校に進学し、1年春から公式戦に出場!

 

伊藤拓郎さんは、1年夏の甲子園大会に背番号18番でベンチ入りすると、初戦の敦賀気比高校戦で9回ツーアウトの場面で甲子園デビューし、最速147キロをマーク!

 

伊藤拓郎さんは、翌日に行われた3回戦の九州国際大付属高校戦でも登板し、前日の自己最速記録を上回る148キロを記録!

 

この148キロは1年生最速の記録で、今も誰にも破られていない凄い記録です。

 

しかし、この148キロという最速記録が伊藤拓郎さんを苦しめていくことになります。

 

2年生で出場した春の選抜大会で、伊藤拓郎さんは1回戦の神戸国際大付属高校戦に先発し、9回5安打9奪三振2失点で完投勝利を挙げ、2回戦の三重高校戦でも10回8安打6奪三振2失点で完投し、準々決勝進出の原動力となりましたが、準々決勝の興南高校戦では、鈴木昇太投手が先発し、山崎康晃投手(現 DeNA)が2番手で登板し、島袋洋奨 投手に完封され、帝京高校は敗退しています。

 

この春の選抜大会でも、伊藤拓郎さんは147キロの速球を投げていましたが、選抜大会後にフォームを崩し、制球に乱れが生じ始めます。

 

また、夏頃から背筋痛にも悩まされるようになり、2年夏の東東京大会は5回戦の国士館高校に6対14で敗れ、甲子園出場を逃しています。

 

そして、3年夏の東東京大会では、関東一高に6対1で勝ち、甲子園に出場!

 

3年夏の甲子園大会1回戦の花巻東高校戦で、伊藤拓郎さんは先発し、最速145キロをマークするものの、3.2回8安打4四死球5失点、続く2回戦の八幡商業高校戦では、3番ファーストで出場して2打数ノーヒット、投手としては登板がありませんでした。

 

試合も3対5で敗れ、伊藤拓郎さんは甲子園を後にしています。

 

高校1年生で148キロをマークした頃はドラフト1位候補ともてはやされた伊藤拓郎さんでしたが、高校3年夏以後は、ドラフト候補の1人に評価は下がり、2011年ドラフト会議で、伊藤拓郎さんはドラフト指名最後となるドラフト9位で横浜ベイスターズから指名され入団しています。

 

入団1年目の終盤に1軍に登録され、2012年10月5日の巨人戦で、4番手で登板し1回を2奪三振のピッチングを披露!

 

10月8日の広島戦では1回を無失点で抑え、プロ初ホールドもマークしています。

 

しかし、1軍での登板はこの2試合で終わっています。

高校時代に「怪物」と呼ばれたルーキーの台頭に周囲は喜んだが、当時のストレートが復活したかといえばそうではない。むしろ、140kmを切ることだって、すでに珍しいことではなかった。

代わりに伊藤の生命線となったのがスライダーだった、というわけだ。

球速アップが叶わず暗中模索する。そうしてたどり着いた答えが変化球。野球に詳しい人間から「短絡的すぎるシフトチェンジではないか?」と批判されるかもしれないが、決断を下したのには伊藤なりの目的と自信があったからだ。

「高校1年で148kmを出してから、インタビューになると話の基準はいつもそこで。でも、プロに入ってからは、昔の自分を追い求めてもフォームを崩してしまうかもしれないし、あまりスピードのことは考えないようにしていました。

それより『今、自分にできることをやろう』と。スライダーはシニア時代から抑えられる球種だったし、(カウント)3-0からでもストライクを取れる自信があったんで。そこを磨いていこうと思いました」

スライダー投手への転身を決意したものの、2年目以降は一軍昇格を果たせないなど結果を出すことはできなかった。

出典 https://number.bunshun.jp/

 

結局、伊藤拓郎さんはプロ入り3年目の10月3日、戦力外通告を受け退団。

 

その後、2015年からはBCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスで3年間プレーしています。

伊藤拓郎さんの現在は?

出典 https://ameblo.jp/omeido-ta-aoki/

 

伊藤拓郎さんは、現在、2018年から社会人野球の新日鐵住金鹿島硬式野球部に加入し、野球を続けています。

 

2018年の都市対抗野球大会では、2回戦のJR東日本戦で先発として登板し、6回2安打5奪三振1失点と好投しましたが、相手投手陣に完封され敗退しています。

 

また、2018年の日本選手権大会では、準決勝のJFE西日本戦に先発として登板し、1.1回5安打3失点と打ち込まれ、途中降板し、試合も2対4で敗退しています。

 

KOされましたが、日本選手権大会という大きな大会の準決勝で先発として起用されるということは、期待されていることだと思います。

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最後に

伊藤拓郎さんは、プロ野球時代も含め、投球フォームを自分で作ってきたそうです。

 

それゆえに、微妙なバランスでフォームが崩れた時に修正できなかったかも知れません。

 

活躍の場が社会人野球に変わりましたが、頑張ってほしいですね。

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