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プロ野球の各球団で戦力外報道が続いていますが、ネットを見ていたら、ヤクルトの比屋根渉選手も戦力外のようですね。

 

ヤクルトの外野もバレンティン選手、青木宣親選手、雄平選手、坂口智隆選手など層が厚いですよね。

 

比屋根渉選手も、もう少し若ければ残れたかもしれませんが、年齢的にも厳しかったかも知れません。

 

今回は、戦力外報道があったヤクルトの比屋根渉選手に注目しました。

比屋根渉選手のプロフィール

出典 https://www.iza.ne.jp/

 

比屋根渉(ひやね わたる)選手は1987年6月20日生まれの31歳。

 

沖縄県出身。

 

身長180cm、体重70kg、右投げ右打ち。

 

比屋根渉選手は小学校3年から野球を始め、東風平町立東風平中学校では軟式野球部で主に投手としてプレーし、2年生の時に県大会優勝、全日本少年軟式野球大会3位という実績があります。

 

沖縄尚学高校では、3年春の選抜大会で準々決勝の神村学園高校に敗退、3年夏の甲子園大会では2回戦の酒田南高校に敗退しています。

 

高校卒業後は城西大学に進学し、1番バッターとして活躍し、4年秋に打率.421で首位打者に輝いている他に、3度ベストナインに選出されています。

 

城西大学卒業後は、日本製紙石巻でプレーし、1年目から1番センターでレギュラーとして活躍し、チーム初の都市対抗野球出場に貢献しています。

 

社会人2年目となった2011年には、東京スポニチ大会に出場し、日本製紙石巻のベスト4入りに尽力しました。

 

50m5秒8の俊足に加え、守備範囲の広い外野守備が評価され、2011年ドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから3位指名を受け、入団!

 

プロ入り初年度となった2012年は、9月の試合でダイビングキャッチをした際に、左太もも肉離れを起こしたため、43試合の出場にとどまりましたが、11盗塁を決める活躍を見せ、2013年も14盗塁、2014年も10盗塁と足でチームに貢献してきました。

 

しかし、坂口智隆選手が加入後は、徐々に出場試合数を減らし、2018年は4試合のみの出場となっていました。

 

比屋根渉選手は、現在までプロ野球通算、361試合に出場し、685打数162安打、本塁打4、打点33、盗塁50、打率.236という成績を残しています。

比屋根渉選手の嫁は?

比屋根渉選手は、沖縄県に住む小浜千尋さんと結婚しているようです。

2人は東日本大震災の被災地、宮城・石巻で愛を育んだ。沖縄出身の2人の交際は、比屋根が沖縄尚学1年の時にスタート。その後、比屋根は城西大を経て10年に日本製紙石巻に入社。名古屋の看護学校へ進学していた千尋さんも、比屋根を支えるために東日本大震災後の4月に石巻赤十字病院に就職した。甚大な被害を受けた被災地で被災者の心のケアに取り組む一方、生活物資の乏しい環境の中、2人は支え合い絆を深めた。現在千尋さんは同病院を退職。新婚生活に向け上京している。

出典 スポニチ( 2012年11月26日)

オンドルセクブチギレ事件?

比屋根渉選手といえば、オンドルセクブチギレ事件が思い出されます。

 

オンドルセク投手が投げている時に、比屋根渉選手が打球を後逸して、オンドルセク投手がブチ切れたという事件ですが、その前の試合で雄平選手が打球を後逸したことも、オンドルセク投手がブチ切れた要因のようです。

3点リードの9回に登板。1死満塁から谷に左前打を許し、この打球を比屋根が後逸して一挙同点とされた。この回を終えると怒りをあらわにし、ベンチ裏で一段とヒートアップ。首脳陣に反抗的態度を取ってもみ合った。交代した選手は試合終了まで見届けるのが通例だが、指揮官はクラブハウスへ下がるよう命じた。

伏線は10日ロッテ戦。雄平の打球後逸で3点差を追いつかれていた。外野手の判断に加え、首脳陣が指示した守備位置への不満が爆発した格好だ。真中監督は「チームとして最善を尽くす中でのプレー。選手同士が責め合うのはやってはいけない」と語気を強めた。

出典 スポーツニッポン( 2016年6月28日)

 

オンドルセクブチギレ事件の動画はコチラ

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最後に

比屋根渉選手は、年齢が高いこともあり、外野手の層の厚さから弾かれた格好ですね。

 

ただ、俊足の選手は代走要員でも使えるので、拾ってくれる球団があるかも知れません。

 

比屋根渉選手は現役続行を希望しているのでしょうか?

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