3月8日のあさイチ「プレミアムトーク」のゲストは、特殊メーキャップアーティストの江川悦子さん!

 

江川悦子さんが、特殊メーキャップアーティストになられたきっかけは、夫の転勤先のアメリカで、英語の勉強になると思って見ていた映画「狼男アメリカン」の「人間が徐々にオオカミに変身していく」シーンの特殊メイクの素晴らしさに衝撃を受けたことからのようですね。

 

今回は、あさイチ「プレミアムトーク」に出演する江川悦子さんに注目してみました。

江川悦子さんのプロフィール

出典 https://ddnavi.com/

 

江川悦子(えがわ えつこ)さんは、1954年生まれの徳島県徳島市出身の特殊メーキャップアーティスト。

 

江川悦子さんは、父親が高校の教師だったこともあり、親が敷いたレールの上を進む「いい子」だったそうですが、成長するにしたがい、だんだんと外の世界を見てみたいと思うようになり、親を説得して四国から脱出し、京都女子大学短期大学部家政科に入学しています。

「いい子」だった私の心の中が「外の世界」へと向きはじめたのは、親の期待からの反動だったのかもしれません。だんだんと外の世界を見てみたいという気持ちが表に出てくるようになりました。転校生がやって来ると、その話にウットリしながら、「私の家も転勤族だったら」と憧れていました。そのころの夢は、世界を飛び回る「カメラマン」(笑)。そこから「どうしたら外の世界を見れるだろう」と、少しずつ具体的に「外の世界へのロードマップ」を描くようになっていきました。

まずは四国から出ようと「近いからいいじゃない」と、半ば強引に親を説得して、京都女子短大の家政科に進んだのが最初のステップでした。家政科に興味があったわけではなく、「花嫁修業」を連想させ、いつか徳島に戻ってくることを期待させていました(笑)。

出典 https://www.alphapolis.co.jp/

 

京都女子大学短期大学部家政科卒業後は、高校時代にファッション雑誌「装苑」を読み、ファッションに興味があったことから、再び親を説得して文化服装学院に進んでいます。

 

その後、江川悦子さんは「装苑」を発行する文化出版局に編集者として入社し、編集者として働くとともに、映画会社に勤めていた夫と結婚しましたが、夫が海外勤務になったことで、文化出版局を退社しています。

私の仕事も、編集者としての学びが仕事に活きてくる頃で、やっとページを担当できるようになり、これからという時でしたから迷いもありました。会社の周りでは自立志向の女性が活躍していたこともあり、「数年ぐらい遠距離結婚もいいんじゃない?」なんて言われていました。

結局、昔から抱いていた「外の世界への憧れ」が勝り、そのうち「よくよく考えれば会社のお金でアメリカに行けるなんて、いい機会だ」なんてノーテンキに考えるようになり、夫についていくことにしました。それまで、仕事にのめり込んでいた私は、住むことはおろか旅行でも日本から出たこともなく、このときはじめてパスポートを取得しました。

出典 https://www.alphapolis.co.jp/

 

アメリカ生活を始めた江川悦子さんは、UCLAの外郭団体がおこなっている英会話教室に通うようになり、英語の勉強になると思い、映画を見るのが習慣化されていたようですが、その中で映画「狼男アメリカン」の「人間が徐々にオオカミに変身していく」シーンに衝撃を受けます。

 

Sponsored Links

 

そのシーンの特殊メイクにショックを受けた江川悦子さんは、「これをやりたい!」と特殊メイクの世界に飛び込む決意をし、特殊メイクを学べる専門学校「Joe Blasco make-up Center」に入学しています。

「予感」は興奮の中で「確信」に変わりました。「これだ! 私はこれがやりたい!」と、興奮冷めぬまま、特殊メイクを学べる学校を調べ、そのまま勢いにのって、ハリウッドにある「Joe Blasco make-up Center」という専門学校に進んでしまいました。

高額な授業料でしたが、夫はひとこと「無駄にしないようにね」と言って応援してくれ、私も「とにかくこの高い学費分はしっかり勉強しよう」と意気込んでいました(笑)。

出典 https://www.alphapolis.co.jp/

 

「Joe Blasco make-up Center」に入学した江川悦子さんは、現地で生活する分には支障のない英語力でしたが、専門用語となると、やはり「言葉の壁」があり、苦労したようです。

 

しかし、フランスから特殊メイクを学びに来ていた年下の女の子と授業で分からないところを補い合って、なんとか「Joe Blasco make-up Center」を卒業することができたそうです。

 

卒業後も、すぐに仕事が見つかるわけではなく、あちこちのスタジオや個人の工房に乗りこんで売り込み活動をしていた江川悦子さんのキャリアスタートは、スプラッター映画をつくるスタジオから始まりました。

電話がダメなら直談判「熱意だけは誰にも負けない」と、あちこちのスタジオや個人の工房に乗り込みました(笑)。見た目も幼く、ティーンエイジャーズと呼ばれていた私たちでしたが、特殊メイクの世界に当時、女性が少なかったのもあって、珍しがられ、無給の実習生として「そこで好きなモノ作っていいよ」と。そこからキャリアがスタートしました。

スプラッター映画をつくるスタジオでしたが、なんの期待もされていなかった自由な身分で、私は映画を見て前から作ってみたかった『E.T』の指を作ったりしていました(笑)。なにげなく作っていた「作品」を見ていただき「やっぱり日本人は手先が器用だね。そんなの出来るんなら、これやってみる?」という風に、少しずつ認められ正式に採用されました。

出典 https://www.alphapolis.co.jp/

 

その後、江川悦子さんは、「メタルストーム」「砂の惑星・デューン」「ゴーストバスターズ」「キャプテンEO」などのプロジェクトに参加し、江川悦子さんが特殊メイクアップアーチストになるきっかけとなった映画「狼男アメリカン」の特殊メイクを担当したリック・ベイカー氏の工房で仕事をしています。

最後の1年は、私が特殊メイクの仕事を始めるきっかけになった映画、あの狼男の変身をクリエイトしたリック・ベイカー氏の工房で仕事をさせてもらいました。念願かなって、天にも昇るような気持ちでしたね。

出典 https://www.alphapolis.co.jp/

 

1986年、夫の仕事の都合で、日本に一緒に帰国した江川悦子さんは、特殊メイクの技術を生かすため、夫の職場の日活の調布撮影所に作業場を借りたいと申込み、交渉の末、許可を受けたことで、特殊メイク制作会社「メイクアップディメンションズ」をスタート!

 

1987年、映画「親鸞・ 白い道」の「生首」の造形が日本での最初の仕事となり、以後、映画やテレビ、CMなどの特殊メイクを担当し、専門学校東京ビジュアルアーツの特別講師もされているようです。

 

最近の参加映画としては「ギャラクシー街道」「龍三と七人の子分たち」「ソロモンの偽証」「予告犯」などを担当されているそうです。

最後に

小さい頃はおとなしい性格だった江川悦子さんですが、映画を見たことがきっかけで、特殊メイクの専門学校に入学し、経験を重ね、今では特殊メークのパイオニアとして活動されています。

 

あさイチ「プレミアムトーク」の放送を楽しみに待ちたいと思います。

Sponsored Links