2月3日に、別府大分毎日マラソンが行われます。

 

国内招待選手を見ると、旭化成の大六野秀畝選手の名前があります。

 

大六野秀畝選手といえば、箱根駅伝で活躍したランナーですが、大六野という苗字がインパクトがありますよね。

 

今回は、別府大分毎日マラソンに出場する大六野秀畝選手に注目してみました。

大六野秀畝選手のプロフィール

出典 https://www.jaaf.or.jp/

 

大六野秀畝(だいろくの しゅうほ)選手は、1992年12月23日生まれの26歳。

 

鹿児島県いちき串木野市出身。

 

身長168cm、体重51㎏。

 

大六野秀畝選手は、小学校3年生の時に地元のスポーツ少年団で陸上を始め、鹿児島城西高校に進学。

 

鹿児島城西高校時代は、全国高校駅伝に出場することができずに、明治大学に進んでいます。

 

明治大学に進学後、大六野秀畝選手は、1年生から4年生まで出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝の大学三大駅伝にフル出場!

 

4年生の時には、全日本大学駅伝で最長区間の8区(19.7km)を走り、58:06のタイムで区間賞を取っています。

 

なお、4年生の時の箱根駅伝は、エース区間の2区を走り、1時間7分56秒の記録で区間5位でした。

 

大六野秀畝選手は、大学卒業後は旭化成に入社!

 

旭化成入社1年目の2015年11月に行われた八王子ロングディスタンスで10000mに出場し、27分46秒55をマークし、初めて27分台の記録を出しています。

 

2016年2月に行われた丸亀ハーフマラソンでは7位ながら、自己最速の1時間01分32秒をマーク!

 

2019年1月に行われた全日本実業団対抗駅伝では、最終区間の7区(15.5km)で起用され、区間2位となる45分48秒の記録を出しています。

大六野秀畝選手の実家は?

大六野秀畝選手を検索すると、実家というキーワードが出てきます。

 

大六野耕作さんという明治大学の教授がいるので、親戚関係があるのかと調べる方がいたのかも知れませんね。

 

実際、大六野という苗字は、大変珍しく、名字由来ネットによると、330人ぐらいしかいないようです。

名字の由来

現鹿児島県である薩摩起源とも言われる。近年、鹿児島県串木野市に多数みられる。「野」は自然のままの広い地を表す。

出典 名字由来ネット

 

でも、大六野秀畝選手の実家や大六野耕作さんとの関係を調べてみましたが、分かりませんでした。

大六野秀畝選手は結婚している?

大六野秀畝選手は、大学4年生の時に彼女がいたようですが、その彼女と結婚したのかは不明です。

明大のエースは箱根路だけでなく、恋路も全力疾走する。29日のエントリー発表で2区に決まった大六野秀畝(4年)がレース前に行う儀式は、写真を見ること。「勝負運のある、筆で書かれた天狗(てんぐ)みたいなやつなんです。送ってもらった画像を携帯に保存しています」。送り主は誰なのか。大六野は頬を赤らめ、「一応、彼女がいまして…」と照れ笑いを浮かべた。

女子実業団など男女交際に厳しいチームは存在するが、明大はオープンだ。年上で既に社会人の彼女と大六野は、西監督と食事をともにしたこともある。彼女が“天狗の水墨画”を送信してくれたのは4月。左すねを痛めて夏場までは苦しんだ大六野だが、9月に実戦復帰した。11月の全日本大学駅伝では最長区間の8区で区間賞。「画像を見るとレースで失敗したことがないですね」とその効果を口にした。

厳しい彼女に背中を押されてきた。13年の箱根駅伝で花の2区を任された大六野は、駒大のエース・窪田忍(現トヨタ自動車)の背後にピッタリとついたが、前に出ることなく消極的なレースだった。「何も伝わってこない。見ている人に感動を与えるスポーツなのに」と彼女に酷評された大六野は、「あまり褒められたことがない。褒めてもらえるように頑張る」と気合十分だ。

出典 スポニチ

最後に

大六野秀畝選手と同世代の設楽悠太選手や大迫傑選手が、2018年にマラソンの日本記録を更新しています。

 

大六野秀畝選手も、別府大分毎日マラソンで好記録を出してほしいですね。